3月11日に日本で大地震が起こった。日本に1日でも早く平穏な日がくることを毎日祈っている。
先日、赤十字に募金をした。もっとお金がたくさんあれば、もっとたくさん募金ができたのにと思う。それが悔しくてならない。私の知り合いでロットでお金をたくさん当てた人を知っている。彼女は私の友達ではなく、正しくは、私の友達の奥さんだ。私が彼女だったら、そのお金を募金にも使うのに。。でも、彼女はそのお金を募金に使うことはしないと思う。1セントだって使わないだろう。それに、彼女は日本人じゃないし、日本と関わりがないと思うし、今回の地震のことだって大して関心を持っていないと思うから。きっと、てめえらの為だけにそのお金を使うんだと思う。ロットでお金を当てた時、彼らはタンペレで一番高いホテルのスイートに泊まったと聞いたし。そんな贅沢したくなるのはわかるけど、なんかムカツク。人様のことを悪く言うのは良くないことだし、自分がたくさん募金できなかったから八つ当たりしてるだけなんだろうけど、こういう人もいるんだって思うと悔しくて腹立たしくてならない。
そんなことを考えていた時、イチローが1億円を募金したニュースを知った。1億円は本当に大きなお金。彼が汗水流して働いたお金だ。友達の奥さんが当てたお金よりも大きい金額。そのお金をイチローは、今回の地震への募金に使った。そのニュースを聞いて、私は嬉しくなった。同じ日本人として彼を誇りに思った。
ありがとう、イチロー!
2011年2月27日日曜日
卒論
一番最後に書いたブログが去年の8月。あれから半年がたつ。
このブログはもはや、いつ更新されるかわからないブログと化しつつある。。。
2月になってフィンランドは少しずつ昼間の時間が長くなってきた。今日は曇りだったけど、今週半ば位まで天気のいい日が続いた。マイナス25℃だったけど。
卒論は昨年の11月に書き終えたけど、教授からOKサインがもらえず書き直し。。。この間、卒論担当の教授が病気でいなかったため、他の先生経由で書き終えた卒論を渡してもらうことになった。今度こそ、OKサインがもらえるといいけれど。。
日本で大学生だった時、卒論は必修ではなかったので書かなかった。当時の私には重荷だったし、面倒くさいと思っていたので書かなかった。なので、今回が生まれて初めて書いた卒論になる。本当にしんどかったけど、自分の書きたいこと(自分が勉強してきたことで)が書けると実感した。
日本で大学4年になる前、学校を1年休学してアメリカに行った。日本の大学で英語・英米文化を勉強していたのに、アメリカで色々な経験、アメリカと日本の違いを肌で感じたことがたくさんあったのに、それを卒論を書かなかったことが今では悔やまれてならない。もし卒論を書いていたら、後輩達がそれを参考にして、少しは後輩たちの役に立ったかもしれない。卒論は自分が勉強してきたことの証になるのに逃げてしまった、或いは興味がなかった理由で書かなかったのが悲しい。
今の私なら、卒論を書くのに。
このブログはもはや、いつ更新されるかわからないブログと化しつつある。。。
2月になってフィンランドは少しずつ昼間の時間が長くなってきた。今日は曇りだったけど、今週半ば位まで天気のいい日が続いた。マイナス25℃だったけど。
卒論は昨年の11月に書き終えたけど、教授からOKサインがもらえず書き直し。。。この間、卒論担当の教授が病気でいなかったため、他の先生経由で書き終えた卒論を渡してもらうことになった。今度こそ、OKサインがもらえるといいけれど。。
日本で大学生だった時、卒論は必修ではなかったので書かなかった。当時の私には重荷だったし、面倒くさいと思っていたので書かなかった。なので、今回が生まれて初めて書いた卒論になる。本当にしんどかったけど、自分の書きたいこと(自分が勉強してきたことで)が書けると実感した。
日本で大学4年になる前、学校を1年休学してアメリカに行った。日本の大学で英語・英米文化を勉強していたのに、アメリカで色々な経験、アメリカと日本の違いを肌で感じたことがたくさんあったのに、それを卒論を書かなかったことが今では悔やまれてならない。もし卒論を書いていたら、後輩達がそれを参考にして、少しは後輩たちの役に立ったかもしれない。卒論は自分が勉強してきたことの証になるのに逃げてしまった、或いは興味がなかった理由で書かなかったのが悲しい。
今の私なら、卒論を書くのに。
2010年8月5日木曜日
頭をぶつけた
最近、私生活(友達関係)で悲しくて辛いことがあり、心にぽっかり穴が開いたようだった。もう生きていたくないと時々考えたこともある。だからドリカムの「朝がまたくる」を先週は、何度も聴いていた。「♪元気をだして。明日がまたくるよ。blabla♪」なんていかにも前向きな歌よりも、その時の私は、ドリカムのその歌の方が合っていたし、聴いていたかったから。この歌をあと百万回くらい聴かないと、ダメだろうと思っていたけれど、少しずつ「♪いつまでもメソメソしていちゃダメだ」的な歌も聴けるようになった。それでも昨日また、生きていたくないと考えてしまった。
昨日の昼間、ベッドで昼寝をしていた時、携帯が鳴ったと思ったので、ベッドの近くにあるカバンから携帯を取ろうとした時だった。ベッドからそのまま滑り落ち、クローゼットの引き出しの取っ手に頭をぶつけてしまった。しばらく痛みが治まらず、大げさだけど「脳内出血でそのうち死んでしまったらどうしよう」と考えた時、私は気がついた。私は、本当は死にたいなんて思っていないんだって。
今日も頭をぶつけた所を押すと痛いけれど、この出来事は、私に生きていたいということを教えてくれたんだと思う。
昨日の昼間、ベッドで昼寝をしていた時、携帯が鳴ったと思ったので、ベッドの近くにあるカバンから携帯を取ろうとした時だった。ベッドからそのまま滑り落ち、クローゼットの引き出しの取っ手に頭をぶつけてしまった。しばらく痛みが治まらず、大げさだけど「脳内出血でそのうち死んでしまったらどうしよう」と考えた時、私は気がついた。私は、本当は死にたいなんて思っていないんだって。
今日も頭をぶつけた所を押すと痛いけれど、この出来事は、私に生きていたいということを教えてくれたんだと思う。
2010年7月25日日曜日
ミドルカップルの結婚式
先週、フィンランドのNurmesという町に行って、主人の叔母の結婚式に出席した。
今まで出席した結婚式は、20代、30代のカップルが多かったけど、今回は、50代前後のカップルだった。日本では、このくらいの年代の結婚式は、あまり見かけたことがないからどんな感じなんだろうと思っていたけれど、新婦、新郎とも衣装が似合っていて、若々しく幸せなカップルだった。出席者も、小さい子供からおじいちゃん、おばあちゃん世代、ブライドメイドも妊婦さんや新婦と同じくらいの年齢の人達と様々だった。フィンランドで結婚式に出席して思うのは、皆が結婚式(結婚パーティ)を楽しんでいることだった。新郎、新婦ともリラックスしている雰囲気だった。そして、結婚パーティは夜中まで続いた。。夜食、サウナ、カラオケと、元気なフィンランド人達。夜中まで起きているおばあちゃんもいた。フィンランドのおばあちゃんは、パワフルだ。サルミアッキを食べているからなのか?
2010年6月26日土曜日
日本式の結婚式
今回の一時帰国は、最初は免許の更新が目的だったけど、結婚式もすることになった。主人が、私の着物姿を見たことがないから見てみたいことと、日本式の結婚式に興味があったから。
昔は、結婚式にはウエディングドレスが絶対いいと思っていたけれど、日本を離れていると、日本のものが良くみえてしまったのか、着物も悪くないと思うようになった。フィンランドで時々結婚式に出席することがあるけれど、その時に花嫁のドレス姿を見ていたら、(ドレスで)お腹いっぱいになってしまったことも原因なんだけれど。。
挙式の数日前に衣装合わせをしたけれど、伝統的な髪型は、私に似合わなかったので、洋髪にすることにした。なんせかつらをつけた瞬間、笑いをこらえるのに大変だったから。。以前父には、伝統的な衣装と髪型がいいのでは?と言われたけれど、自分の道を選んだ。
挙式当日は、家族と親戚数人が出席し、挙式の後は、なだ万で食事会をした。後ほど、兄から、私の着物と洋髪が評判よかったと聞いて、嬉しかった。神社での挙式で、綿帽子じゃなくて、洋髪で大丈夫かしら?と若干心配だったから。我道に進んでよかった。
日本を離れていると、和の物が魅力的に見えてしまい、自分へのお土産に和風の髪飾りや小物、さくら塩やさくらキャンドルを買った。VIVA和風!
日本へ一時帰国
先月、日本に一時帰国した。フィンランドに来てからずっと日本に帰っていなかったので、約3年ぶりの帰郷となった。久しぶりの帰国で驚いたことは、やっぱり日本は便利なこと。24時間営業の店がある、日曜、祝祭日でもたくさんのお店がかなり遅くまで開いている。便座がどこも暖かいこと。逆に不便だったのは、トイレにペーパータオルが設置されていないこととゴミ箱が見当たらないこと。ゴミ箱のことについては最初は、不況だから人件費(ゴミ箱を掃除する人)の削減化と思っていたら、そうではなく、友達に聞いたら地下鉄サリンの影響とのことだった。
一時帰国するまでは、あれもしたい、これもしたいと思っていたけれど、帰国中はかなり忙しくて、やりたいと思っていたことの半分以上ができなかった気がする。それでも会いたいと思っていた友達に会えたことは、幸せだった。8年位会っていない友達に会った時、会うまでは、「会話が続かなかったらどうしよう。よそよそしかったらどうしよう」なんて心配をしてたけれど、その友達に会ったらそんな心配いらなかった。1週間前に会ったんちゃうかって思うくらい楽しかったから。何年も会っていない友達でも会った瞬間、昔に戻れる、それを実感した。友達という存在は、本当にすごい。
一時帰国するまでは、あれもしたい、これもしたいと思っていたけれど、帰国中はかなり忙しくて、やりたいと思っていたことの半分以上ができなかった気がする。それでも会いたいと思っていた友達に会えたことは、幸せだった。8年位会っていない友達に会った時、会うまでは、「会話が続かなかったらどうしよう。よそよそしかったらどうしよう」なんて心配をしてたけれど、その友達に会ったらそんな心配いらなかった。1週間前に会ったんちゃうかって思うくらい楽しかったから。何年も会っていない友達でも会った瞬間、昔に戻れる、それを実感した。友達という存在は、本当にすごい。
2009年11月5日木曜日
Abingdon boys school来フィン
昨日、Abingdon Boys Schoolのライブを見にヘルシンキに行った。このライブのことを知ったのは、1週間位前のことだった。彼らの初のヨーロッパツアーが、フィンランド、ヘルシンキであるなんてものだから、行かなくてはと、即決だった。彼らのヨーロッパツアーは、ロシアから始まりフィンランドは2カ国目だった。フィンランドでの彼らの知名度は、どうなんだろうと思っていたけれど、かなりの人気だった。会場には、オープンの2時間前に行ったのだが、もう50人近くの人が並んでいた。
ほとんどがフィンランド人、又は他国のヨーロッパ人だった。観客は100-150人位だったと思うけど、その中で日本人は10人くらいしかいなかったと思う。中には、日本からはるばるフィンランドまでコンサートを見に来た日本人のお客さんもいた。ABSのコンサートは、また行きたいと思うくらい楽しかった。ヴォーカルの西川くんのサービス精神の旺盛さやエンターテイメント性は、異国でも好評だった。西川くんがちょっとしたフィンランド語を話すと、フィンランド人達は大興奮していた。日本にいるときよりも彼が身近に感じた。
コンサート終了後、1時間半位してから会場の外の様子を見に行ったら、15人位の観客が彼らを待っていた。そして、しばらくしたら彼らを出迎えるような形で観客達が並び始めたから、「これは。。。」と思い、私もその並びに行った。入り口から最初はスタッフさん達が、荷物を車に運んだりして、主役達が出てきたのは、最後の方だった。特に、西川くんは鳳だった。ほとんどの観客が西川くんファンで、サインを頼んでいた。私はサインをもらうよりも、一緒に写真を撮りたいと思っていたから、その願いがフィンランドで実現できて嬉しかった。実物の彼は、テレビのままだったけど、仕事が終わった後の彼は、テンションが低かったような。。彼はファンへの要求には、応じていたけれど、対応が素っ気ないというか、テンションが低いというか、ファンに対して距離をとっていたように感じた。なんとなく、芸能人の仕事顔とプライベートの顔を見てしまった気がした。本当のところは、わからないけれどね。少なくとも、彼がファンや一般人を睨みつけたり、舌打ちしたりするような芸能人ではなかったからよかった。
いずれにしても、彼らのライブを楽しみ、夢も実現したから、フィンランドに住んでいてよかった。これで、思い残すことは何もない。
2009年7月13日月曜日
アフリカンスタイルの結婚式
昨日、クラスメートの結婚式に出席した。式に出席するまでは、フィンランドとアフリカの結婚式ってどうな感じになるんだろうと思っていたけれど、クラスメートはタンザニア人で、彼女の旦那さんは、フィンランドとタンザニアのハーフだったせいか、全体的にアフリカ色が強かったと思う。
最初は教会で、一時間程、結婚式があった。タンザニアとフィンランドの牧師さんがいて、式の進行は、フィンランド語、英語、スワヒリ語で行われた。教会での結婚式というと、厳かなイメージだが、アフリカンスタイルは、少し違っていた。誓いのキスや新郎新婦が教会から出てくる時、歓声がわいたり、タンザニアの歌を歌ったり、ノリがよかった。
結婚パーティもやはり、アフリカそのものだった。食事もアフリカ料理中心だったし、新郎新婦がそれぞれの家族を紹介する時、特に、新婦が一人一人家族を紹介する時に、必ず歓声やタンザニアの歌を歌っていた。パーティの途中、新婦の兄弟がタンザニアダンスを披露して家族や、新郎新婦も一緒にダンスをしていて、皆が結婚パーティを楽しんでいた。新婦の家族は、彼女の結婚を本当に喜んでいるのが、私にもわかった。Noお酌の世界だった。
アフリカにも一度も行ったことがない私が、フィンランドにいながらアフリカンスタイルの結婚式に出席できた私はラッキーだと思う。本場のアフリカン(タンザニア)料理を味わうことができたのも嬉しかった。
同じく、パーティに出席していた学校の先生から聞いた話だが、クラスメート(新婦)の両親は今回フィンランドに来たのが初めてで、飛行機に乗ったのも初めてだったという。
彼女の両親にとって、大冒険になったことだろう。
2009年5月19日火曜日
結婚写真
昨日、結婚した。教会ではなく、市役所での結婚式だったから、ウェディングドレスも着なかったし、牧師もいなかった。市役所の人が牧師代わりに式を進め、指輪の交換をし、そして、式はすぐに終わった。
式が終わった後、写真館に行って新婦と新郎だけの記念写真を撮りに行った。写真館と言えば、日本で成人式用に写真を撮ったことがある。それは、それは、悪夢そのものだった。カメラマンが指示したポーズを撮り、ちょっとでも指や顔がずれていたりすると、何度も何度も撮り直しをしなければならなかった。しかも振袖だったから、しんどいったらありゃしなかった。その時、モデルの仕事はこんなに、いや、それ以上に大変なんだと実感したものだった。一方、フィンランドの写真館では、カメラマンは、どういうポーズをとればいいか、指示するけれど、それほど細かいわけでなく、ただ、「スマーイル!ビッグスマイル!」で済んだ。スマイルで思ったことは、日本では個人の記念写真を撮る時、口元を少しにっこりさせるようなスマイルが美とされると思うけど、こっちでは、ビッグスマイルが美とされている。結婚写真を撮っていた時に、日本向け(?)スマイルで写真を撮ったら、必ずその後にカメラマンから「ビッグスマイル!」と指示があった。カメラマンも笑わせるようなことを言うから、ついついビッグスマイルになってしまった。本来、写真はリラックスして撮る方が、よりいい写真ができると思う。
式が終わった後、写真館に行って新婦と新郎だけの記念写真を撮りに行った。写真館と言えば、日本で成人式用に写真を撮ったことがある。それは、それは、悪夢そのものだった。カメラマンが指示したポーズを撮り、ちょっとでも指や顔がずれていたりすると、何度も何度も撮り直しをしなければならなかった。しかも振袖だったから、しんどいったらありゃしなかった。その時、モデルの仕事はこんなに、いや、それ以上に大変なんだと実感したものだった。一方、フィンランドの写真館では、カメラマンは、どういうポーズをとればいいか、指示するけれど、それほど細かいわけでなく、ただ、「スマーイル!ビッグスマイル!」で済んだ。スマイルで思ったことは、日本では個人の記念写真を撮る時、口元を少しにっこりさせるようなスマイルが美とされると思うけど、こっちでは、ビッグスマイルが美とされている。結婚写真を撮っていた時に、日本向け(?)スマイルで写真を撮ったら、必ずその後にカメラマンから「ビッグスマイル!」と指示があった。カメラマンも笑わせるようなことを言うから、ついついビッグスマイルになってしまった。本来、写真はリラックスして撮る方が、よりいい写真ができると思う。
2009年4月17日金曜日
スペインの太陽の下で
3月23日から4月4日まで、学校の選択授業「Destination Analysis」でスペインのCastellonという街に滞在した。この授業では、いくつか訪れたスペインの街についての詳細、SWOT、それぞれの街について観光客への旅行プランなどをプレゼンテーションした。フィンランドの学校からだけでなく、スペインとイギリスの学校からの生徒も参加し、本当の国際交流をできた。
スペインはフィンランドと違い太陽がサンサンとし、東京の春のようにぽかぽかしていた。スペインは絶対に雨は降らないだろう、寒いわけないだろうと侮っていたのか、数日ほど雨と寒い日に当たってしまい、スペインの気候の先入観を覆された。
滞在していたCastellonは小さい街だったが治安良くて、居心地がよかった。
スペインはとにかくビールが安かった。スーパーで330mlのビール缶が20セントで売っていた。フィンランドと違って、スーパーにもワインやウォッカが売っていた。ワインは1ユーロ50セントなんてのも普通に売っていた。お酒と気候はスペインがいいけれど、ベジタリアン料理はやっぱりフィンランドの方がいい!!
スペインとフィンランドの英語力は、フィンランドは断然優秀だった。フィンランドでは、大体の人(老人除く)が英語を話せるのに、スペインは、英語を話せる人がほとんどいなかった。お店で「英語を話せますか?」と聞いても大体の人達の答えが「No」...
フィンランド教育はさすがだと思った。そんなフィンランドで勉強している私は幸せだ!
2008年12月1日月曜日
正直者は救われる?
フィンランドは、2週間前から雪が降るようになり、本格的な冬到来かと思いきや、ここ数日は、雨の日が続き、雪もすっかり溶けてしまった。
昨日、タンペレ郊外のショッピングモールに行った。ショッピングモール内にある雑貨屋で、ガラスのキャンドル入れの置いてある所を通った時、肩にかけていたカバンがキャンドル入れにぶつかり、不運にもそのキャンドルを落としてしまった。もちろん粉々。。。店員さんは近くにいなかったので、そのまま知らんぷりすることだってできたのだが、それはよくないし、罪悪感を感じるので、レジまで言って店員さんに事情を話した。その商品の半額(約10ユーロ)を支払わなければならなくなってしまった。店員さんが去った後、黙ってればよかったのか、正直者はバカをみるだけなのかと思っていたが、少なくとも、定価が100ユーロ以上するような商品を壊したわけではなかったんだから、よかったじゃないかと、自分に言い聞かせた。すると、さっきの店員がやってきて、「さっきの商品は、弁償しなくていい」と言われた。最初は、何が起こったのかわからなかった。その店員は、「他のお客さんは、お店にある物を壊してしまっても(誤って壊してしまっても)、何も言わないで知らんぷりするのに、貴方は、私のところに来て、正直に話してくれた。とても素晴らしいことだと思う。だから、今回は、弁償しなくていい。これは、私からのクリスマスプレゼントよ。」
最近は、正直でいても損したり、報われなかったりすることが多いけれども、今回の件で、正直でいることは、悪いことでないと実感した。 心優しい店員さんにも感謝している。
2008年11月7日金曜日
2008年10月27日月曜日
若い世代にも愛されるドリフターズ
今日から、冬時間が始まった。昨日までサマータイムだったので、フィンランド人でさえも、この時間の変更に気づかなかったり、戸惑ってしまう人達も多い。
ところで、学校でevent managementの科目をとっているが、来月にタンペレホールでコンファレンスがある。この科目をとっている生徒達全員が、このコンファレンスの手伝いをすることになる。その時にmarimekkoのシャツを着るのだが、このシャツの柄が青のボーダーシャツ。。。このシャツを試着した時、真っ先にドリフの刑務所コントを思い出してしまった。 この話を交換留学で来ている日本人のクラスメートにも話したら、彼も同じことを考えていた。彼と私は、10歳以上、年が離れているから、ドリフターズ、全員集合知らないかも、と思っていたら、若い世代でもドリフを知っていたとは!!ドリフの偉大さを痛感!
ちなみに、青のボーダーシャツがダメなら、赤のボーダーシャツは?と思ったけど、それだと、ウォーリーを探せか、楳図かずおさんになってしまう。。。
ところで、学校でevent managementの科目をとっているが、来月にタンペレホールでコンファレンスがある。この科目をとっている生徒達全員が、このコンファレンスの手伝いをすることになる。その時にmarimekkoのシャツを着るのだが、このシャツの柄が青のボーダーシャツ。。。このシャツを試着した時、真っ先にドリフの刑務所コントを思い出してしまった。 この話を交換留学で来ている日本人のクラスメートにも話したら、彼も同じことを考えていた。彼と私は、10歳以上、年が離れているから、ドリフターズ、全員集合知らないかも、と思っていたら、若い世代でもドリフを知っていたとは!!ドリフの偉大さを痛感!
ちなみに、青のボーダーシャツがダメなら、赤のボーダーシャツは?と思ったけど、それだと、ウォーリーを探せか、楳図かずおさんになってしまう。。。
2008年9月22日月曜日
2008年8月18日月曜日
スェーデン旅行
先月、スェーデン(ストックホルム)に旅行した。夜、フィンランドにある都市のTurku(トゥルク)からVIKING LINEで出発し、朝にストックホルムに到着した。VIKINGLINEは、ベッド4台のデッキに宿泊し、船の中にも、免税店や、バー、クラブ、レストランがあって、飛行機の中にいるよりもずっと、快適だった。
ストックホルムは、フィンランドの首都よりもずっと都会で、なんだか東京の新宿のような場所もあった。
OLDTOWNは、とても広く、1日じゃ、なかなか回りきれなかった。フィンランドと違って、セブンイレブンがあったのには、感動した。しかも24時間営業だった。フィンランドでは、一部のガスステーション以外は、24時間営業のコンビニのようなものがないから。。
フィンランドの夏
今年のフィンランドの夏は、例年より寒く、夏らしい天候が少なかった。夏なのに、朝晩は、セーターや薄手のコートが必要だったので、日本(東京)の夏が恋しくなったものだ。
が、イチゴは売れていた。フィンランドでは、7月がイチゴの旬の時期で、ベーカリーでは、イチゴのペストリーやケーキ、スーパーや市場では、イチゴの店頭販売をしていた。
夏らしい天候が少なかったけど、晴れの日は、湖で日光浴をしたり、テラスでビールを飲んだりと、日本ではなかなか味わえないこともできた。
7月までは、夜の12時位に日が暮れていたけれど、8月に入ってからは、10時くらいになると空が暗くなってきた。どんどん明るい時間も短くなり、秋に突入する。。
2008年6月21日土曜日
Juhannus
今日、フィンランドは、Juhannus(夏至祭)である。この週は、一番日の長い時期であり、それを祝う日なのである。Juhannusniには、多くの人達が、別荘に行って、お酒を飲んだりして楽しんでいる。
そんなわけで、中心街はお店も閉まっているし、静かなもんだから、日本のお正月のような雰囲気だ。
あいにく、天気が悪く、天気がよければ、近場でピクニックができたのに、残念である。。。
ところで、中心街には、日本食レストランが2つあり、先日そのうちの一つに行ってきた。
そのレストランには、大分前に一度行った事があったけど、今回は、焼きそばを頼んだ。
焼きそばが出てきた時、衝撃を受けた。焼きそばの麺が日本そばの麺になっていたから。。。
一体どこで誰が、日本そばの麺にしてしまったのか。。確かに「そば」って付くけれど、日本そばにソースは合わない。日本そばは、麺つゆで食べるのが一番おいしい。
日本で食べている焼きそばにたどり着くには、そこのレストランで働いて、焼きそば革命(?)をするしかないかも??
そんなわけで、中心街はお店も閉まっているし、静かなもんだから、日本のお正月のような雰囲気だ。
あいにく、天気が悪く、天気がよければ、近場でピクニックができたのに、残念である。。。
ところで、中心街には、日本食レストランが2つあり、先日そのうちの一つに行ってきた。
そのレストランには、大分前に一度行った事があったけど、今回は、焼きそばを頼んだ。
焼きそばが出てきた時、衝撃を受けた。焼きそばの麺が日本そばの麺になっていたから。。。
一体どこで誰が、日本そばの麺にしてしまったのか。。確かに「そば」って付くけれど、日本そばにソースは合わない。日本そばは、麺つゆで食べるのが一番おいしい。
日本で食べている焼きそばにたどり着くには、そこのレストランで働いて、焼きそば革命(?)をするしかないかも??
2008年6月11日水曜日
虹
フィンランドの6月は、本当に素晴らしい。気候は爽やかで、夜の12時位まで明るい。外でアイスクリームを食べたり、テラスでビールを飲むのには、ピッタリなので、理想的な夏と言えよう。
今週は、なぜか寒い日が続いてるが。。
昨日、仕事に行くとき、雨が降っていたが、雨上がりの後、虹を見た。アニメや映画によくでてくるアーチ状の虹全体を見ることができた。東京にいた時も、時々虹を見ることがあったが、虹全体ではなく、一部しか見れなかった。けれど、昨日は本当に、まるごと全部見ることができた。虹を見た場所は、中心街じゃなく、郊外の方だったからだったのから全体を見ることができたのかもしれないけど、何十年生きていて初めての経験だった。その時、一緒にいた人が、友達になりたいと思っている人だったから、更に嬉しかった。
今週は、なぜか寒い日が続いてるが。。
昨日、仕事に行くとき、雨が降っていたが、雨上がりの後、虹を見た。アニメや映画によくでてくるアーチ状の虹全体を見ることができた。東京にいた時も、時々虹を見ることがあったが、虹全体ではなく、一部しか見れなかった。けれど、昨日は本当に、まるごと全部見ることができた。虹を見た場所は、中心街じゃなく、郊外の方だったからだったのから全体を見ることができたのかもしれないけど、何十年生きていて初めての経験だった。その時、一緒にいた人が、友達になりたいと思っている人だったから、更に嬉しかった。
2008年5月20日火曜日
5月なのに気温5℃
先月下旬くらいから、フィンランドも暖かくなってきて、ようやく春がやってきたかと思ったら、先週は、冬並みの寒さ(東京の冬並みの寒さ)に戻ってしまった。今週は、日中は20℃前後だけど、朝晩はやっぱり寒い。
フィンランドの5月の行事について、もう過ぎてしまったけど、5月1日は、MAYDAYだった。当日のダウンタウンは、屋台が出ていたり、緑のあるところでは皆ピクニックをしていたりして、賑わっていた。たくさんの人が、芝生でピクニックをしているのを見た時、日本の花火大会を思い出してしまった。
MAYDAYの前日は、街中コスチュームを着た人達がいて、なんだかハロウィンのようだった。中には、アルカイダの格好をした人がいたのを見た時、ゾッとした。ここが、フィンランドでなく、アメリカだったら、彼はどうなっていたことか。。。それから、相撲力士のコスチュームを着た人もいた。しかし、彼は一つ間違いを犯していた。刀を着けていたのである。。
フィンランドの5月の行事について、もう過ぎてしまったけど、5月1日は、MAYDAYだった。当日のダウンタウンは、屋台が出ていたり、緑のあるところでは皆ピクニックをしていたりして、賑わっていた。たくさんの人が、芝生でピクニックをしているのを見た時、日本の花火大会を思い出してしまった。
MAYDAYの前日は、街中コスチュームを着た人達がいて、なんだかハロウィンのようだった。中には、アルカイダの格好をした人がいたのを見た時、ゾッとした。ここが、フィンランドでなく、アメリカだったら、彼はどうなっていたことか。。。それから、相撲力士のコスチュームを着た人もいた。しかし、彼は一つ間違いを犯していた。刀を着けていたのである。。
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